筆界特定が使えない理由

筆界特定とは、法務局に申請しつつ境界を特定する制度ですが、筆界特定は使えないといわれます。
その理由は様々ですが、ある人は「筆界特定は費用が安いと聞いていたが、予想より金がかかった」といい、ある人は「筆界特定には法的拘束力がなく、結局は訴訟になった」といいます。
筆界特定が使えないといわれる理由をご紹介しましょう。
目次
1. 筆界特定は、法的拘束力がなくて使えない
筆界特定が使えないといわれる一つめの理由は、筆界特定制度は筆界を特定するのみの制度であり、特定した筆界を境界とする法的拘束力がないことです。
土地の境界には、筆界(ひっかい)と所有権界(しょゆうけんかい)があります。
筆界とは、登記簿など書面上の土地の境界であり、一筆の土地と一筆の土地、地番と地番の境目です。
これに対して所有権界とは、現場における土地の境界であり、所有権と所有権の境目を指します。
筆界と所有権界は一致することもありますが、一致しないこともあります。

筆界特定は、登記簿や公図などの情報から、現場における筆界を特定する制度です。
しかし、筆界特定は、筆界特定により特定した筆界を基に境界標を埋設しなければならない、登記簿の情報を書き換えなくてはならないなどの法的拘束力を持ちません。
つまり、特定された筆界に、筆界特定の申請者や隣地の所有者が納得しない場合は、現場の状況は以前と変わらず、事態は全く改善されないというわけです。
これが、筆界特定が使えないといわれる一つめの理由です。
筆界特定により特定した筆界に、申請者や隣地の所有者が納得できない場合は、法的拘束力を持つ筆界確定訴訟にて筆界を確定させる必要があります。
そうすれば、確実に筆界を特定しつつ境界のトラブルを解消することが可能です。
ただし、筆界特定により筆界を特定させた状況において、特定された筆界に納得できず訴訟を起こした場合は、裁判所は筆界特定の結果を尊重し、筆界特定により特定された筆界をそのまま採用する傾向があります
ようするに、筆界特定には法的拘束力はないものの、筆界特定によって特定された筆界は正確であると判断され、筆界特定によって筆界が特定している場合は、さほど訴訟を起こす価値がないというわけです。
よって、筆界特定に望む際は、事前に利害関係者と協議し、筆界特定によって特定された筆界を境界とする、または特定された筆界を指標として、新しく平等な境界を設定することを決定しておくことが理想です。
そうしておけば、筆界特定を行ったものの以前と状況が変わらない、筆界特定は使えないと嘆くようなことにはならず、筆界特定の効力を最大限に活かせます。
1-1. 筆界と所有権界が一致しない理由
筆界と所有権界は一致しないことがあり、一致しないことを原因として境界のトラブルが発生することがあります。
筆界と所有権界が一致しない理由は様々ですが、よくある原因として、過去に所有権界を変更したものの、その事実を登記簿に反映していないことが挙げられます。
たとえば、土地を所有するAさんとBさんがいらっしゃったとしましょう。
AさんとBさんの土地は、「凹凸」という漢字をイメージさせる形状で接していました。
この時点において筆界と所有権界は一致し、筆界も所有権界も「凹凸」です。

しかし、土地の使い勝手が悪く、AさんとBさんは協議しつつ所有権界を移動し、漢字の「日」のように土地が接するように変更します。
所有権界を変更することにより土地の使い勝手は良くなりましたが、AさんとBさんは変更したことの登記を怠りました。
この時点において、筆界は「凹凸」、所有権界は「日」という、筆界と所有権界が異なる状況が発生します。

その後、AさんとBさんは他界し、Aさんの土地は、所有権界が変更されたことを知らないAさんの子である「A+さん」が相続します。
Bさんの土地は、同じく所有権界が変更されたことを知らないCさんに売却されました。
A+さんとCさんは、しばらくは問題なく土地を使っていましたが、何気なく登記簿と公図を見ると、そこには「凹凸」が境界であると記されています。
この状況において、A+さんとCさんの間で境界に対する見解が異なる状況が生まれ、トラブルに発展します。
2. 筆界特定は、費用が高くて使えない
筆界特定が使えないといわれる二つめの理由は、思っていたより費用がかかることです。
法務省の筆界特定のリーフレットには、「筆界特定の申請手数料は、土地の価格が4,000万円であれば8,000円です。また、手続き中に測量が必要となることがありますが、申請者が費用を負担する必要があります。」と涼しげに書かれています。

出典:法務省 筆界特定制度
記述を読む限り、「さほど費用は高くない、申請手数料と併せて20~30万円程度だろう」と高を括ってしまいますが、筆界特定にかかる費用は50~130万円程度です。
筆界特定が実施される主な流れは、以下のとおりとなっています。
- 1. 申請手数料を支払いつつ、法務局に筆界特定の申請書を提出する
- 2. 申請から3~6ヶ月後に、予納金を納めるように法務局から案内が届く
- 3. 予納金を納めると、筆界特定登記官と筆界調査委員によって調査が行われ、筆界が特定される
- 4. 特定された筆界を基に、筆界特定登記官が筆界特定書を作成する
- 5. 筆界特定書の写しが、申請者や隣地の所有者に届く
筆界特定は、主に上記の流れで実施され、1の時点で支払う申請書と、2の時点で納める予納金を併せて、少なくとも50万円程度、多ければ130万円程度になるといわれます。
50~130万円というと開きがありますが、土地の形状や調査の期間によって大きく異なることが理由です。
また、筆界特定は、比較的早く筆界が特定されるといわれますが、おおむね1年の日数がかかります。
思っていたより費用がかかる、比較的早く筆界が特定されるといわれつつも1年程度の日数を要することが、筆界特定が使えないといわれる二つめの理由です。
ただし、筆界確定訴訟によって筆界を確定させる場合は、弁護士に支払う着手金や報酬、測量費用など併せて200万円程度の費用がかかり、境界が確定するまでに2~5年程度の日数がかかるといわれます。
よって、筆界特定は、訴訟に比べれば費用が安く、短期間で筆界が特定されます。
なお、筆界特定は、筆界特定登記官と筆界調査委員により調査が行われつつ筆界が特定されますが、筆界調査委員とは、主に土地家屋調査士です。
そして、自治体によっては、土地家屋調査士の無料相談を行っていることがあります。
そのため、筆界特定を希望するものの費用が高額になるのではと不安を抱く場合は、土地家屋調査士による無料相談に出向き、費用に関することをご質問ください。
その際は、登記簿や公図、測量図などを持参すれば、より具体的な費用の目安が知らされる可能性があります。
3. 筆界特定は、一方が時効取得を主張すると使えない
筆界特定が使えない三つめの理由は、筆界特定により筆界が特定したとしても、自ら、もしくは隣地の所有者の一方が時効取得を主張すれば、境界が確定しないことです。
民法の第百六十二条「所有権の取得時効」により、一定の期間にわたり他人の土地を堂々と占有した者は、その土地の所有権を取得できる可能性があります。
たとえば、お隣同士のAさんとBさんがいらっしゃったとしましょう。
Aさんは、自分の土地と勘違いし、Bさんの土地の一部を10年にわたり堂々と使用していました。
この状況においてAさんが、時効によりその土地の所有権を取得したと主張し、なおかつ10年にわたりBさんの土地の一部を堂々と占有していたことを証明できれば、Aさんはその土地の所有権を取得する可能性があります。
Aさんがその土地の所有権を取得した場合は、「時効取得した」などといいます。
土地の所有権を時効取得できる条件は、以下の2つのいずれかを満たす場合です。
- 二十年にわたり他人の土地を、自分の土地ではないと知りつつも公然と占有し続けた
- 十年にわたり他人の土地を、自分の土地と信じつつ公然と占有し続けた
そして、筆界特定により筆界が特定したものの、越境部分の占有者がその部分の時効取得を主張する場合は、せっかく特定した筆界が無駄になる可能性があります。

筆界特定により筆界を特定したものの、越境部分の占有者がその部分の時効取得を主張する場合は、結局はトラブルが解決しません。
これが、筆界特定が使えないといわれる三つめの理由です。
筆界特定により筆界を特定したものの、一方が越境しつつ占有していた土地の所有権を時効取得したと主張し、もう一方がそれを認めない場合は、裁判で争いつつ問題を解決する必要があります。
まとめ - それでも筆界特定は、やる価値がある
筆界特定が使えないといわれる理由をご紹介しました。
筆界特定が使えないといわれる理由は、主に以下の3つです。
- 1. 特定された筆界に法的拘束力がなく使えない
- 2. 費用が高くて使えない
- 3. 筆界が特定されたものの、隣人が越境部分の時効取得を主張して使えない
筆界特定が使えないといわれる理由をお調べの方がいらっしゃいましたら、ぜひご参考になさってください。
なお、本記事では筆界特定と筆界確定訴訟をご紹介しましたが、その他にADRと所有権確定訴訟があります。
ADRとは「裁判外紛争解決手続き」であり、土地の境界に関するトラブルを解決する状況においては、土地家屋調査士と弁護士が仲立ちしつつ利害関係者の和解を進めます。
ADRも筆界特定と同じく法的拘束力がありませんが、和解が成立すれば、和解に基づいた境界標を埋設し、和解によって決定した境界を登記簿に反映できます。
筆界特定により筆界を特定したものの隣地の所有者が納得せず、隣人とのコミュニケーションが取れない場合は、ADRをご検討ください。
ADRの申込先は、「日本土地家屋調査士会連合会:ADR境界問題相談センター」にて確認することが可能です。
所有権確定訴訟とは、所有権界を確定させる訴訟であり、法的拘束力があり、訴訟によって確定した所有権界は、必ず登記簿に反映させなければなりません。
所有権確定訴訟は、いわば所有権界を確定させる最終手段であり、筆界特定により筆界が特定したものの、隣地の所有者が越境部分の時効取得を主張しつつ譲歩しない際も有効です。
ただし、筆界特定を利用しつつ特定された筆界に納得できない状況において、ADRや所有権確定訴訟を利用する場合は、筆界特定によって特定された筆界が有力な証拠として採用されます。
つまり、筆界特定は使えないといわれるものの、筆界特定によって特定された筆界は有効であり、筆界特定は決して無駄ではないというわけです。
また、ADRも所有権確定訴訟も、筆界特定と同額程度、または上回る費用がかかります。
よって、境界に関するトラブルを解決するためには、やはり筆界特定が有効と考えられ、筆界特定によって筆界が特定した場合は、その筆界を境界とするのが賢明です。
または、その筆界を以て利害関係者が譲歩し合い、新たな境界を決定しつつ登記簿に反映させるのが良いでしょう。
そうすれば、余分な費用をかけずに境界のトラブルを解決できます。
ご紹介した内容が、筆界特定の利用を検討する皆様に役立てば幸いです。失礼いたします。
記事公開日:2022年7月
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